西洋占星術では、約220年前から続いていた物質的な価値観が重視された「土の時代」から、精神性や調和が尊重される「風の時代」に移行したとされています。
文明の中心が1161年ごとに緯度22.5度ずつ移動するとする「ガイアの法則」では、欧米中心の文明から、東洋(特に日本)に文明の主軸が移行する時代となっています。
また、AIの急速な進化によって、2026年以降に人間の意識の変容が加速されることは間違いないでしょう。
では、この変革の時代と「新縄文時代」には、どのような関連性があるのでしょうか。まず、過去の別の時代との期間の長さを比較してみます。
弥生時代は約1000年、古墳時代で約400年です。飛鳥、奈良、平安時代の律令時代は約350年であり、その後の平安末期から明治維新までの、いわゆる武家時代は約700年間です。
そして、明治維新から現代までは約160年。つまり、縄文時代の終わりとされるときから、現代までは約2600年経過していることになります。
一方で縄文時代は、さまざまな遺構や遺物の発掘や調査、解析から、約1万4000年間続いたとされています。新たな発掘や解釈による別の説では、さらに数千年は長くなるのです。
縄文時代は桁外れの長さであり、世界史的に見ても類例がありません。それでは、何故これほど長い期間続くことができたのでしょうか。
それは、縄文時代が、この宇宙に在る「地球生命」と非常に合致した時代だったからです。
故に、私は、現代人は縄文時代に回帰すべきだという立場をとります。もちろん、インターネットもスマホもなく、平均寿命が30代とされ、人口も現在とは比べられないほど極小だった時代に「そのまま」還ろうといっているのではありません。
だからこそ「新縄文時代」なのです。そして実は、すでにその兆候は現代社会に現れています。
変革という集合意識の形成

世界的に、さまざまなフェーズで、これまでのシステムや価値観、情報のあり方が大きな変革を迎えています。
その第一が、行き過ぎたグローバリズムによる「格差」や「アイデンティティの喪失」、「移民・難民問題」に対する反動です。いわゆる反グローバリズムは、単純な鎖国化ではなく、地域、文化、生活の質を守るための世界的な社会運動です。
サステナビリティ(持続可能性)と環境意識は向上し、環境負荷の低いライフスタイルやビジネスモデルが新しい基準として重視されています。多様なバックグラウンドや価値観を持つ人々が共存できる社会が理想とされ、個人の幸福(ウェルビーイング)や生きがいなどを追及する傾向も強まっています。
世界的なディスクロージャー(情報開示)の流れも止められない状況です。このディスクロージャーの加速化は、インターネット、SNS、ブロックチェーン、AIなどのテクノロジーにより、情報の独占が物理的に不可能になったことに起因しています。
「説明されていないこと」への違和感や政府・企業・メディアへの不信感を抑制している時代は終わり、個人が高いレベルで真実を知る時代が来ているのです。
人々の意識は、真実を知っても耐えられる段階にきています。潜在・無意識下で、虚構の上に成り立った秩序を終わらせ、現実と整合した文明に移行することを希求しているのです。
このような集合意識が世界中で見られることは、嘘をつく必要がない、権威より共感、集権より分散という「新縄文時代」が始まる兆候といえます。
縄文的精神と祈りの重視

これまで現代人は、地球の自然を節操もなく搾取し続け、人間社会のみで重用される効率・成果・数値化を絶対視してきました。その結果、自然や他者を単なるモノと捉え、環境破壊や個人の分断が引き起こされてきたのです。
野山にいる動植物も海の中の魚をはじめとする多種多様な生物も、人間に食べられたり利用されたりするために生まれてきたわけではありません。
縄文人は、自然を支配・利用する対象ではなく共に生きる存在として捉え、誕生と死を生成と消滅ではなく循環として理解していました。
自然にあるものは、例外なくすべてが「持ちつ持たれつ」の共生関係にあり、自然から生まれたものは自然に還ったのちに再生すると考えていたのです。
このような意識で生きていた縄文人は、自然そのものや背後にある神性や霊性に対して、畏れと感謝を現す態度として「祈り」を捧げていました。祈りとは、宗教的な儀礼でも願いを叶えるための手段でもなく、自分は自然という大きな循環の一部であるという「正しく生きる姿勢」の表明です。
人間以外の動物は祈ることをしません。縄文人は、この祈りの力が波動となって伝わり、自然という計り知れない大きな波動の一部となることを体感していました。
現在、物資的な豊かさだけを求めるのではなく、さまざまな体験によって内面の充実を図る方が増えています。そのとき、合掌し「祈り」の姿勢を整えることで、精神の集中を目指すことが多いです。
そうやって得られる境地は、縄文人の「自然と同体となる」生き方に繋がるものです。
縄文的美意識の再評価

現代社会において、縄文的美意識が再評価されています。
その一例が縄文土器や土偶に見られる、過剰とも思える装飾や有機的なうねり、生命力を感じる力強い造形です。その造形の多くは、芸術性の高いデザインを持ちながら実用的でもあります。
野焼きでありながら堅く焼けしまった土器、さまざまな工程を経なければならない漆の活用、竹と石の粉を使ってヒスイに直線的に穴を開けた勾玉などが注目されています。
非対称性や不均衡が肯定され、均一性や機能美を重視してきた現代アートやデザインに大きなインスピレーショを与えているのです。複雑で有機的な曲線、装飾性は、岡本太郎ら著名な芸術家を魅了してきました。
縄文的美意識は、縄文人の自然との共生意識や循環的な生命観から生まれてきたものであり、現代社会が抱える環境破壊や精神的な疲弊、アイデンティティの希薄化とは相対するものです。
自然を「支配するもの」ではなく「関係するもの」と捉え、完成や効率よりも「過程」や「揺らぎ」を尊重する縄文的美意識は、サステナビリティやウェルビーイングが重視され始めた現代社会と深く共鳴し再評価に繋がっていると考えられます。
縄文的美意識の再評価は、単なる懐古ではありません。人間を中心に考えるのではなく、生命そのものを中心とする視座への転換を指し示すものです。
コミュニティへの回帰

新縄文時代が始まる兆候として捉えられるものの一つに、コミュニティへの回帰が挙げられます。現在、さまざまなスタイルのコミュニティが誕生しています。
まず、地方での里山型のコミュニティがあります。山や水源、田畑、古民家、作業小屋・工房などを拠点にし、自給自足や医療・福祉、独自の疑似貨幣まで備えた自立型コミュニティを目指しているものです。
都市に適応したコミュニティもあります。シェアハウス、カフェ、マンションの一室などを流動的なサテライトとして、リーダーやルールに囚われることなく、自分たちの志向に合った空間や物語を自由に共有することがメインとなっています。
オンライン型のコミュニティも多いです。招待制でアーカイブ非公開の安全性重視のクローズド・コミュニティ、さまざまなプラットフォームを活用した公開型コミュニティもあります。
縄文社会には、階層や身分が固定化された支配者層は存在せず、各集落(コミュニティ)は自律的に運営されていました。リーダー的な存在がいたとしても、世襲などによる「首長」ではなく、個人の資質や能力による「先導者」や「助言者」であったはずです。
血縁関係はベースとしてありましたが、新たな関係性の容認と他者を支配しようとしない「相互承認」が基本でした。また、子育ては社会全体で支える仕組みがありました。
現代社会において希薄になった「人との繋がり」を再構築したいという意識が、縄文的なコミュニティの発展に繋がっていると考えられます。
テクノロジーの縄文化

縄文的な精神性とテクノロジーの融合は、新縄文時代というエポックの中でも肝となる認識ですが、現在ではテクノロジーそのものに縄文化の兆候があります。
地球と人を疲弊させてきた「大量生産・大量消費」は過去の幻想となり、中央集権的なシステムによる制御・管理も限界を迎えています。人間のエゴをむき出しにした地球からの巨大な収奪システムは、特権的な人々が利権を守るためのブラックボックスをつくり出してきたからです。
現在のテクノロジーは、資源の再生を組み込んだ循環性と、国家や巨大企業に依存しない分散性を目指しています。また、人の身体や感覚に心地よく、使っていることを忘れるくらい自然な技術が求められています。
たとえばAIにおいて、知識や判断の押し付けではなく、ユーザーの問いを深め、気づきを促すことが重要視されているのが現状です。
日本の縄文時代は、世界史区分では「新石器時代」にあたります。縄文人が生活の中で使用した土器や弓矢、石斧、釣り針、漆器、竪穴住居、貝塚などは、当時において世界的にも優れた技術です。
先進的な技術によって、生活の質を底上げしようという認識は今も変わりません。現在では、自律型AIや量子コンピューティング、各産業のロボティクスなどがこれにあたるでしょう。
単なる効率や最適化、スマートさだけでなく、人と自然との共生を深めて生きている実感を与えてくれる、縄文的なテクノロジーを発展させるのが新縄文時代です。
場と空気を守る風潮

2025年の訪日観光客数は、11月時点で既に過去最高を更新し、年間4,000万人を超える見込みです。
この観光客が日本に来て驚いたり感動したりすることは、数えきれないほどありますが、その一つが日本社会の場と空気によってつくられるものです。
相手の気持ちや状況を察してストレートな感情表現をしない、列をつくって割り込まず電車の中で騒がない、ゴミが少なく清潔で特有の匂いが少ないなどです。
この他にも、小さな子どもたちを社会全体で見守る雰囲気、観光客に対しての「おもてなし」的な優しさなども挙げられます。
これらの多くは、誰かに強要されたものではなく、社会に調和と安定を保とうとする場と空気により形成されたものです。そして、調和を重視する場と空気は、治安の良さやサービスの質の高さにも繋がっています。
昔であれば、(主張しないから)何を考えているか分からない、対立項のある議論が苦手、雰囲気に流されやすいなど日本人のマイナス面として捉えられていたものが外国人たちの憧れとなっているのです。
縄文人は人同士の繋がりと調和を非常に重要視していました。すべての存在は、大きな自然(宇宙)の一部であり、相手を尊重することが自分を生かすことでもあると理解していたからです。
現在、欧米諸国は都市部の治安の悪さや不衛生に悩まされています。彼らは日本に来て、落ち着きと安心を取り戻し、帰国後に「日本ロス」に陥る人も多いと聞きます。
マインドフルネスの希求

マインドフルネスとは、姿勢や呼吸を意識しながら瞑想を行い、今この瞬間に集中する状態をつくりだすことをいいます。情報過多やストレスで心が休まらない現代人に、心の安定をもたらし、メンタルヘルスの向上を目指すものです。
効果に科学的な根拠があり宗教性もなく、比較的容易にできる実践方法で、ビジネスマンやアスリート、ハリウッドのトップスターが結果を見せたことで注目されるようになりました。
縄文人は、厳しい自然の鳴動に意識を合わせて、今この瞬間に感覚を集中させていなければ命をつなげることはできませんでした。生活そのものがマインドフルネスを必要としていたのです。
新縄文時代のマインドフルネスとは、瞑想とともに、日々の生活の動きや営みの中でも感覚や意識の回復を図るものになるでしょう。
朝、起きたときに光や音、匂いを通じて「この身体が今この世界に在る」と実感することから始まります。毎朝のルーティンを、速さや効率を意識せず、1つの動作を「ゆっくり」「最後まで」行うことに集中してください。
最低でも週に1度は、素手や素足で土に触れ、水の流れや火の揺らぎに意識をおきます。日中は太陽のある空を、夜は月のある星空を見上げ、大自然や宇宙と繋がっていることを思い出すことも大切です。
現代人は、常時接続されているデジタル環境の中で、成果主義・スピード・競争に追われて自分がどこに在るのか分からなくなります。その反動として、マインドフルネスが注目されており、これも新縄文時代が始まる兆候だといえます。
そして、新縄文時代のマインドフルネスは、「意識を身体や自然に戻して生活する」ことなのです。
経済モデルの多様化

現在、経済モデルの多様化が進んでおり、これも新縄文時代がはじまる兆候であるといえます。成長と効率が優先し、集中や独占が許される時代は終わり、循環や再生が重視されて共有と分散が求められる時代がきているのです。
以下に、多様化した経済モデルを紹介します。
・循環型経済|サブスクリプション、シェアリング、リユース、リペア、リサイクル
・自律分散型経済|ブロックチェーンを活用した個人や地域コミュニティの経済圏
・コミュニティ・インキュベーター|貨幣ではなく「絆」を活用して地域を活性化する
・ギフトエコノミー|見返りを前提としないスキルシェア、子育て介護支援、相互扶助
・ウェルビーイング経済|人々の幸福が経済の目的であり公平な豊かさを追求する
これらは、縄文時代に見られた集落(コミュニティ)での「共同生活」や「助け合い」と繋がるものであり、利益の追求ではなく自然と共生するための循環型社会の経済モデルだといえます。
縄文時代が地域ごとの豊かな自然を資源(狩猟、漁労、採集など)の基盤としていたように、新縄文時代の経済モデルも地域固有の資源や文化を活かした、自律的・分散的な経済圏となるのです。
貨幣経済中心の働き方だけではなく、地域や社会に貢献する働き方を複数のコミュニティに所属しながら多様な活動を行うことがライフスタイルとして普及するはずです。
そして、それは自分自身に価値を見いだし、豊かな人間関係を築く土台となります。
番外編|都市伝説的な考察

都市伝説界隈では、ごく近い将来に世界はさまざまな要因で生き詰まり、それを救うのは日本や日本人だとする予言が流行っています。
以下は、紹介されている予言の一部です。
- 日月神示|日本は世界を救う神の国となる
- オアスペ|世界を救う聖なる民「イヒン」の血を継ぐのは日本人
- 死海文書|メシアは聖書を知らない東方に現れる
- エノク書|東の果ての国から光が差し、世界を新たな秩序へと導く
- プロジェクト・オーロラ|東アジアの島国が21世紀前半に世界秩序の中心となる
- マイケル・マーキュリー|来るべき時代は日本が世界をリードする
- ベラ・コチェフスカ|日本は人類が次の時代に進む上で重要な役割を果たす
- ジーン・ディクソン|まず日本から変化が起こり、それが世界に波及する
- ペトル神父|島国の民が世界中の民の心を動かし、それが始まりの合図
これだけあると、あながち都市伝説だけの話ではないような気がしてきます。
日本には、千数百年以上前から現在進行形で維持されている建築物や儀礼、祭りがあり、同時に先進的な高層ビルや高機能な社会システムが存在し、世界的に高い評価を得ています。
アニメを中心とするポップカルチャーやどんな食にも妥協を許さない食文化、道を究めるように鍛錬を積む技術者たち、これらの世界的な影響力は大きいです。
世界に何かあったら救ってくれそうな日本のベースには、少なくても1万4000年以上続いた縄文時代があったことを忘れてはいけません。
まとめに代えて

今、自分はどん底にいて、どうしていいか分からないという方へ。あなたのために、この記事を書きました。
あなたのいる環境やシステムが、あなたを本当に苦しめているなら、その場所を堂々と立ち去ってください。それは逃げるのではなく、選び直すということです。
ただ、あなたの見方や考え方次第で、いつもと同じ空や海、街並み、他人や出来事の印象が変わることはあります。大切なのは、頭で考えたことではなく、あなたの身体がどう反応しているかです。
縄文時代以降2600年以上が経過し、現代社会は別世界のようだと感じているかもしれません。しかし、縄文人と同じ遺伝子は私たちに色濃く残っており、彼らの波動は潜在意識の基底に深く刻まれています。
もっと言えば、彼らの時代から存在する目に見えない「祈りの対象」は、今の時代にも間違いなく存在しているのです。
現在、学生時代に縄文について学ぶことは異常といえるほど少ないです。それは彼らが私たちにわかりやすいように言葉や文字で、自分たちのことを残さなかったせいもあるかもしれません。
縄文人はテレパシー的な意思疎通が可能だったため、文字の発達は他の文明に比べると遅かった傾向にあります。文字というのは、本来的には自然に存在しないものなので、あえて日常的に使うことを避けたとも考えられます。
しかし、縄文をベースとして発展した日本人が生んだ日本語は、テレパシーと言葉の中間のような存在です。ほんの数行のフレーズで、なんと多くの風景や事象、情感を伝えることができることか。
あなたは、縄文人の末裔です。自然や自然の背後にある存在と、「祈り」で繋がってください。
自分の内なる神に感謝の祈りを続ければ、必ず大切な人や場所、言葉と出会うことができて人生が変わってきます。これが縄文リメイクです。
ただ、一つ条件があります。自然にあるものや他者を自分のことのように思いやること、これだけは忘れないでください。