古くから日本人は、山や岩、樹木などの自然物を信心の対象としてきました。
また、神話という伝承に登場するような超自然的な存在、元々は同じ人間であっても傑出した偉業を成し遂げた存在も神として祀っています。
時には、怨霊を鎮めることを真意として、さまざまな人や場所、遺物を祀ることもあります。
縄文時代から続けられてきた、この信心や祈りという行為は現在の神社というスタイルに結実しましたが、神社というスタイルの範疇ではくくれない事象が無限に存在していることも確かです。
縄文神とともにいる私が、このことを実感した体験について紹介します。
下海岸の神社へ

函館市内の神社巡りを始めて1ヶ月余りが過ぎた頃です。市街地から車で1時間弱の場所にある神社へと向かっていました。
令和6年7月12日午前中、天候は曇りのち晴れで、最高気温が25℃くらいの過ごしやすい日です。
その場所は、函館では「下海岸」と呼ばれるエリアで、函館中心部から東、津軽海峡に面した沿岸地域にある神社です。函館市内から湯の川温泉、函館空港を過ぎ、国道278号線を東へ進みます。
この地域は、典型的なリアス海岸です。山地や丘陵が海岸に迫り、入り江が連続する複雑な海岸地形のため、築港や漁家が沿岸に点在し道路は緩いカーブが続きます。
しかし、通行車両は少なく歩行者もほとんど見かけないため、わりと気楽に走れるドライブコースです。合併前の市町村時代から、仕事で各役場に行くために通っていた走り慣れた道でもあります。
巨大な島のまぼろし

車で40分ほど走って、ある入り江にさしかかったところで、異変が起きました。突然、何の前触れもなく、見たことのないものが姿を現したのです。
水平線に、岩ばかりの巨大な島があるのです。こんなところに、そんな島はありません!
真っ昼間、日常の世界に、何かを無理にねじ込まれたような感覚がしました。
そのようなありえざるものを目にしながら、私の感情は平静でした。ハンドルやアクセルの操作を誤ることもなく、普通に車の運転を続けています。
「水平線」「巨大」と表現しましたが、一見した印象がそうだというだけです。
遠近感という認識がなくなっていて、沖合にあるのか目の前の入り江の中にあるのか、10mくらいの高さなのか天まで届いているのか正確に記憶できていません。
よく見ると、島の頭頂には植物が生い茂っていて、緑色になっていました。
頭の中は真っ白のままで、車を停めて、動画や画像を撮ろうとは思いつきもしなかったです。
目前の海に、ありえざる島があるということ以外、周囲の風景は何も変わりません。私は、ただただ、この常識を超えた光景の中、車を走らせていました。
入り江を過ぎて、岬のトンネルに入るまで、この光景は続きました。それが10秒間だったのか10分間なのか、はっきりしません。
入り江沿いの道路の距離からすると、1分程度ではないかと考えられます。
以下は、イメージです。

日浦洞門と海岸線

その後も、私は目的の神社へ向かって車を走らせました。気持ちは落ち着いていましたが、頭の中は混乱しています。
今、見せられたものが、「まぼろし」であることは理解していましたが、この「まぼろし」の意味するところがわかりません。何ものが、何のために、神社巡りをしているだけの私に、このような「まぼろし」を見せる必要があるのか見当もつきませんでした。
いくつかトンネルを越えると、日浦地区に入ります。「サンタロトンネル」という変わった名前のトンネルまで来ると側道があります。
この側道は、旧国道で、1929(昭和4)に開通した素掘りトンネルが7つ連続することで知られています。ただ、私自身は通ったことがありません。
ここが何となく気になったのですが、今はとりあえず通り過ぎることにしました。目的地の神社を回った後、帰り道で通ることにしたのです。
昼食後に、日浦洞門やサンタロトンネルなどについてスマホでチェックしました。切り立った崖と海へせり出した岩場、波のかぶりそうな道がダイナミックな景観を生みだしているとのこと。
また、大小一組の奇岩・サンタロナカセ岩の民話も紹介しています。「この地に住む三太郎の息子が漁に出たまま帰らず、泣き続けた父と嫁が岩になった」という伝承です。
日浦洞門を通るかどうか、迷っていた部分もあったのですが、予定通りに旧国道を通って帰ることにしました。
柱状節理と採石場

日浦洞門は、函館側にあるので、こちらからだと最後に通ることになります。地元漁家の昆布の干し場を過ぎると、柱状の割れ目が露出している崖が続きます。
あとで調べてわかるのですが、これが柱状節理です。約1500万年前の大規模な火山活動で流れ出た火砕流は、冷却と自重圧力によって、四角~六角形の柱状の亀裂(節理)を生じさせました。
柱状節理の前を車で進んでいくと、私の体調に変化が起きます。全身に経験のない圧力を感じ始めます。
柱状節理のむき出しになった岩肌から、「わっ」と何かが飛び出すように放射してきて、私の体を覆ってくるような感覚です。
車で数分進むと、1984年頃まで使われていた採石場の跡地に出ました。その時点で、圧力は、はっきりとした「畏(おそ)れ」に変わっていました。
あんな「まぼろし」を見せられなかったら、ここには来なかったのにという思いが沸き上がりました。おそらく、潜在意識下では、離し難い関連性を感じていたのです。
呼ばれたから来たのにと思いながら、「畏れ」から逃げるように、日浦洞門を通って函館に帰りました。
柱状節理と精霊たち

自分には理解しがたい経験に腰が引けて、日浦から遠ざかる日々が続きました。
しかし、ある日、どうしてもまた日浦に行かなければならないという思いが込み上げてきたのです。理由は2つありました。
まず、あの日見た「まぼろし」は、柱状節理の崖を投影したものだとわかったからです。沖合から、あの崖部分を見たら、ちょうどあの「まぼろし」のように見えるでしょう。
もう一つは、まだ10歳にも満たない子供のころの記憶です。山奥の石切り場でむき出しになった岩肌を見て、「おそろしい」と感じたことを思い出しからです。
ただ、これが現実に見たものか、自分の夢想世界のことなのかは明らかではありません。
令和7年5月28日、日浦の海岸へ行きました。洞門を通って石切り場跡を過ぎ、柱状節理の前に来ても、不思議に以前のような「畏れ」」はまったく感じませんでした。
前回は車から降りることができずに撮れなかったので、柱状節理の崖とともに、日浦洞門や海岸の奇岩などのスナップを撮影しました。
それから、月に1度は日浦海岸に来るようになったのです。
精霊たちの存在

函館を出るときは晴れていたのですが、徐々に雲行きが怪しくなり、日浦の海岸は濃い雲に覆われていました。
6月23日、日浦洞門をくぐり石切り場跡を過ぎて、柱状節理の崖を望みます。畏れこそは感じませんが、その威容は何度見ても圧倒されます。
また、写真を何枚か撮って、函館に戻りました。
家に帰って、柱状節理を撮ったスナップを見て驚きました、精霊たちが映っていたのです。私には、精霊としかいいようがありません。
大きくて逞しい男性的な、修験者のように見える存在。その左腕に抱かれるように持ち上げられて、口元に手をやって何かささやきかけている若い女性のような存在。
そして、その二人を見上げている、少女と小動物のハイブリッドのような存在。
この存在たちの少し離れたところには、映画「もののけ姫」に登場する、森の精霊「コダマたち」のような姿も見えます。
私は、思わず、この精霊たちの写真に手を合わせてしまいました。
これ以降、精霊たちに少しでも喜んでほしくて、神さまが喜ぶとされる「天然水」と地元の「清酒」を持参するようになります。精霊たちに感謝しながら、柱状節理の前の土壌に撒くのです。
空き容器は持って帰ります。誰かが捨てた缶やペットボトルとともに。
8月2日にも、ほぼ同じ場所で、精霊たちは写真に映ってくれました。同じように精霊たちがいましたが、その様子が微妙に違います。
これは、2度映ることで、間違いなくこの場所に存在することを伝えるためだと思います。そして、このときまでは、この精霊たちが「まぼろし」を見せて私を呼んだのだと思っていました。
その日、帰り際、洞門の手前で意外な見送りがありました。私の車の前に数羽のカモメの幼鳥が現れたのです。


お水とお酒を上げながらの感謝の合掌はこれからも続けていきます。鳥居や社殿がなくても、神性や霊性と繋がるのが、縄文スタイルです。



太陽と宇宙存在

令和7年10月25日午前11時ごろ、いつものように、日浦の柱状節理を訪れました。
地元の人々の暮らしと自然を守っていただいていることに感謝して合掌し、お水とお酒を上げ、できる範囲ですが誰かが捨てたゴミの片付けも終わって帰ろうとしたときです。
「太陽を撮れ」
言霊がきました。私は振り返り、薄曇りの空に浮かぶ太陽を撮りました。
柱状節理のほうに向きなおると、どういうことでしょうか、視界に映るものの輪郭がすべて粒だってにじんで見えます!柱状節理は、まるで生きて呼吸しているように動いています。
それから、体全体が搾り上げられるような感覚になり、私の体から言葉がでました。
「いつもと違うー、いつもと違うー」
何ものかが、私の喉を通して、そう言わせたのです。
数秒後には、すべて元通りになりました。生まれて初めての体験に打ちのめされながらも、なんとか車に戻りましたが、運転席で、しばらく動けなかったのを覚えています。
家で太陽を撮った写真を見て、また驚きました。美しい太陽だけでなく、空中に意味不明の物体(UFO?)や人の顔が見える龍神雲などが映っていたからです。
「まぼろし」を見せて、この地に導いた「何ものか」と私は、こうして「相まみえる」ことができたのです。


まとめ
太陽の写真を撮ってからも、何度か日浦海岸に来ていますが、特に不思議なことは起きていません。しかし、ほかの場所で、不思議なことは続いています。
「いつもと違う」とはどういう意味なのか。今の段階では、「いつもと違う何かが始まる」ということではないかと考えています。
私個人のことではなく、もっと大きなスケールでのこととして。
そのことを一人でも多くの方に気づいてもらうのが、私のお役目のような気がしています。もし、間違っていたら、また「何か」を見せて私を導いてくれるはずです。